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| 教師の“知恵”.netがお届けする教育MM「教師の“知恵”ぶくろ」 2006年3月15日 No174 読者数(4576人) このメールマガジンはオンラインでご覧ください |
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| 02.【社会】◆「幕末の志士を中心とした授業」 森重孝太郎@山口県周南市立戸田小学校 |
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1 はじめに 社会科は暗記科目だと言われることが多いです。しかし、学習指導要領中の「〜を調べて、〜を理解する」という記述が見られるように、子どもが追究しながら社会のことを理解していくことが求められています。それでは、子供たちがどのような問いを持てば追究活動が発展していくのでしょうか。 2 人物を中心とした授業構成 身近な人物を取り上げることにより、子供たちは郷土に注目して社会的事象を考え、中央や他の地域との関わり合いも追究の対象にできます。また、人物の行為を取り上げることにより「なぜその人物がそのようなことをすることが可能だったのか。」という条件面の追究にもつながってきます。さらにはその条件を基に「これからこの人物は何をすることができるのか。」という今後の手段を追究することで行為の背景にある社会の仕組みや構造を捉えていけるでしょう。 3 授業の実際 (1)事象との出会いと問い この実践では、第2次長州征伐(四境戦争)を最初に取り上げました。そこで提示した内容は次の板書の通りです。
1866年、幕府軍は石州口、芸州口、大島口、九州口の4つの場所から総勢10万の大軍で攻めてきました。それに迎え撃つ長州軍はわずか3,500人です。 人数比を見るだけでは明らかに幕府軍の優勢です。しかし結果は、どの場所においても長州軍が勝利しました。 この結果を子供たちに伝えたとたん、驚きながら「なぜ長州はこんなに少ない人数で勝つことができたの。」という問いが口々に生じました。また、「なぜ幕府と戦っているの。」という問いも合わせて生じました。 (2)仮説の設定
まず、勝てた原因を一人一人が予想してみます。話し合いを通して次のような仮説が立てられました。 ア 大名に裏切られた。 (幕府軍なのに言うことを聞かない)(薩摩藩の裏切り) イ 農民が強かった。 (百姓一揆や打ち壊しが農民を強くした。農民が戦う練習をした。) ウ 新しい武器や仕掛けがあった。 (長崎から外国の物を取り寄せた) エ 幕府軍は長州軍を甘く見ていた。 (人数が少ないぞ) オ 他の場所から援軍を呼んだ。 (長州に近い中国や朝鮮から) カ 気候や立地が有利だった。 (元寇の時のように気候が味方した。戦う場所が自陣である) (3)追究活動 【高杉晋作】 下関砲撃事件から、子供たちは「なぜ、長州1藩が4か国と戦っているの。」という問いを出しました。その原因を探るためにさらにペリー来航の資料を提示しました。外国船を打ち払う目的で砲撃した結果、外国の力を知った晋作は倒幕へと目的を変えます。そして身分に関わりなく志のあるものを寄せ集めた奇兵隊を組織します。 【堅田少輔】 ![]() 湯野・戸田地域を治めていた最後の領主です。八幡隊を結成し、九州口の戦いに参戦しています。そして戦いで亡くなった武士と農民兵が同じ墓原に葬られています。子供たちは「身分制度が厳しかった時代なのなぜ。」という問いを出しました。ちょうどその時期、遠足で少輔の墓を見学しました。武士としての堅田氏の墓は少輔で最後になり、その子孫の墓がさらに立ち並んでいます。子供たちから「武士の時代が終わったら、少輔はいったい何をしたの」という問いが出てきました。 【大村益次郎】 近代兵器であるミニエル銃を使用し、商農兵を組織して戦いました。幕府軍から「大村が長州にいては勝てるはずがない」と言われました。 【坂本龍馬】 四境戦争の5ヶ月前に木戸孝允、西郷隆盛に薩長同盟を結ばせました。それにより薩摩から長州へ近代兵器が大量に送られました。 (4)仮説の検証 このような追究活動を通して原因を探る中で、子供たちは長州藩が倒幕へ向かっていったことや薩摩と手を結んでいったことなどの経緯を捉えました。また、ミニエル銃の存在や作戦という要因を捉えました。調べたことを発表する中で、「農民が武器を持つことができるの。」という問いが生じ、その後「農民が武器を持つほど幕府に反抗しているのだね。」「農民まで戦える時代になったのだね。」という解釈につながっていきました。 (5)追究方向の転換 このような原因が捉えられてきたところで、次のような問いを出しました。
この問いによって、長州軍に足場をおいて次の手段を考えます。そのためにも、原因として追及した中で登場した人物を再度取り上げます。子供たちの追究活動によって次のような内容が捉えられました。 【大村益次郎】 日本の軍隊の軍政改革を行いました。徴兵制による国民皆兵制度を作り上げました。身分制度によらない奇兵隊の考え方が日本国軍隊にも生かされています。 【堅田少輔】 領主としての役目を終えた少輔は、その後、中学校長や国会議員、湯野村長になっています。子供たちは「教員免許はその時代にあったの。」「国会議員にはどうしたらなれるの。」「武士だったから村長になれたの。」という問いを基に、学校制度や国会開設、廃藩置県などの経緯を捉えていくことができました。 【木戸孝允】 伊藤博文とともに明治新政府の役職に就きました。博文は初代総理大臣になったことを調べる中で幕府に変わる内閣制度を捉えることができました。また「なぜドイツの憲法がお手本なの。」という問いにおいて天皇中心の世の中にしていくねらいがあったことを捉えました。 4 おわりに 幕末における社会的事象のある場面から、まず過去へ向かい原因を考える問い、次にその背景を基にして手段を考える問いを組んだことで幕末を新しい世の中の始まりとして子供たちは捉えていきました。追究活動の中に人物を取り上げ、その行為の条件となっているものを調べる中で子供たちは時代の状況をつかみ取っていくことができます。人物を取り上げた時、その人物の行為の目的や手段を問うていく過程を仕組んだ授業をこれからも構想していきたいです。 |
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